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大阪高等裁判所 昭和59年(う)413号 判決 1985年1月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人櫛田寛一作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官沖本亥三男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は要するに、原判示第一の事実につき被告人に詐欺の犯意はなかつたし、被告人が宮國治夫らと本件詐欺を共謀したことはなかつたのに、原判決が被告人に共謀による詐欺罪の成立を認めたのは事実を誤認したものであるというのである。

しかし、原判決挙示の関係各証拠によると、原判決が(犯意及び共謀の成立について)の項で詳細説示するところはおおむねこれを首肯することができ、原判示第一の事実は犯意、共謀の点を含めこれを認めるのに十分である。

所論は、主として被告人の原審公判廷における供述に依拠し、被告人は柴田二郎から本件土地の袋地部分を平澤敬三名義で買受け、これを宮國治夫に売却してその代金を取得したのにすぎず、宮國が柴田と平澤間の売買契約書を改ざんし、さらに本件土地に類似した近隣地を見せるなどして弁天商事株式会社の倉本久一らを欺罔したことには何らの刑事責任を負うべきいわれはないと主張するようであるが、所論にそう被告人の原審公判廷における供述は被告人の捜査官に対する各供述調書のほか宮國治夫、久保浦重紀等本件関係者の原審証言、捜査官に対する各供述調書に比し信用し難い。そして右各証拠によると、被告人は自己が仲介人となつて売りに出している柴田二郎所有の本件土地の袋地部分(88.44平方メートルで約一四〇〇万円相当)につき宮國がこれを六五〇〇万円もの高値で弁天商事に買わせようとしていることを知るや、右袋地部分を含む本件土地(一四四番の一)とほぼ同じ面積の土地(三七番の一)が本件土地に近接して存在することから、宮國が右袋地部分を右三七番の一の土地であるように装い弁天商事を欺罔しようとしているのではないかと推測したこと、一方宮國は被告人の右推測どおり弁天商事を欺罔しようと計画していたが、被告人でなければ柴田から右袋地部分を買受けられないことを知り、久保浦重紀を通じ被告人が柴田から右袋地部分を買えばこれを弁天商事に六五〇〇万円で買わせるから早く柴田との売買契約をすませるよう要請したこと、そこで被告人は柴田から袋地部分を買取りその書類を宮國に渡せば宮國において前記推測どおり右袋地部分を含む本件土地に類似した近隣地を弁天商事に見せるなど欺罔して代金名下に金員を騙取するに至るかも知れないが、そうなれば騙取金のうちから相当の分配金を得られると考え、宮國の右計画に加わることを決意し、平澤敬三に報酬を与える約束で柴田からの本件土地袋地部分の買受名義人になるよう依頼し、柴田に一四〇〇万円支払つて平澤名義で柴田と袋地部分についての売買契約を締結したこと、そして被告人はすぐ右契約書を宮國に交付し、宮國は右契約書に添付の図面等を切りはなして袋地部分を含む本件土地全部についての契約書に改ざんし、さらに平澤が前記三七番の一の土地を弁天商事の倉本久一らに見せるなどして同人らを欺罔し、同人らからその代金名下に五五〇〇万円を騙取し、被告人はそのうちから約八〇〇万円の分配金を受けたことが認められるので、被告人に少くとも本件詐欺の未必的故意があつたこと、被告人と宮國との間に黙示の共謀が成立していたことは明らかであるから、右主張は採用できない。

その他所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討してみても原判決の事実認定に所論のような誤りがあるものとは認められない。論旨は理由がない。

二控訴趣意中量刑不当の主張について

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、本件は、被告人が不動産ブローカーの宮國治夫ら三名と共謀して、弁天商事に対し、88.44平方メートルの袋地しか所有権を移転することができないのに、右袋地を含む公道に面した341.09平方メートルの土地について所有権の移転をするように偽り、現地説明の際には本件土地に類似した近隣地を示すなどして弁天商事の倉本久一らをして本件土地全部について所有権の移転を受け得るものと誤信させ、本件土地代金名下に右倉本から現金三〇〇〇万円及び小切手四通(額面合計三五〇〇万円)を騙取した(原判示第一)ほか、被告人が高間京一に対し決済の見込みのない小切手(額面八〇万円)を示して「これは必ず落ちるので五〇万円で割つてくれ」と虚構の事実を申し向け、同人をして右小切手の決済が確実になされるものと誤信させ、同人から現金五〇万円を騙取した(原判示第二)という事案であつて、右各犯行の罪質、態様、動機、被害額、ことに原判示第一の被害総額は多額にのぼり、その犯行の手口も巧妙であり、共犯者間における被告人の役割もかなり重要で、分配金も多額であつたこと、原判示第二の犯行は同第一の公判審理中に犯されたこと等の情状にてらすと、被告人の刑責は重大であり、原判示第一の犯行を計画し主宰した主犯が宮國で、被告人の犯意が未必的で共謀も黙示によるものであること、騙取された小切手のうち額面合計一九〇〇万円が宮國から被害者に返還され、原判示第二につき全額被害弁償がなされていること等の被告人に有利な情状を考慮にいれても、いまだ原判示第一の事実につき示談の成立していなかつた原判決言渡時を基準とする限り原判決の量刑(懲役二年の実刑)が重きにすぎるものとは認められない。

しかし、当審における事実取調べの結果によると、被告人は原判決言渡後原判示第一の被害者弁天商事との間で示談を成立させ、被告人が同会社に対し七三二万七〇〇円の損害賠償義務を認め、うち一〇〇万円は保釈金のうちから、その余は毎月二〇万円宛分割支払う旨の公正証書が作成され、同会社から減刑嘆願がなされていることが認められるので、右事情に前記諸般の情状をあわせ考慮するとき原判決の量刑は実刑に処した点でもはや重きにすぎこれをそのまま維持することは明らかに正義に反すると思料され、原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り自判することとし、原判決の認定した事実に原判決摘示の各法条(訴訟費用不負担を除く)のほか刑法二五条一項を適用し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(松井薫 村上保之助 菅納一郎)

《参考・第一審判決》

〔主文〕

被告人を懲役二年に処する。

〔理由〕

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一 平澤敬三、樹嶋こと宮國治夫及び久保浦重紀が後記倉本らに対し、ひよつとしたら見せ地を装つて同人を欺罔し金員を騙取するのではないかと考え、もしそうであつてもかまわないとの意思を抱き、右意思を暗黙のうちに右平澤らと相通じたうえ、昭和五六年一二月一八日、大阪市港区波除二丁目五番一三号弁天商事株式会社において、同社代表取締役倉本久一及び同常務取締役倉本佳直に対し、同会社への宅地売却に際し、被告人らにおいては袋地で実測面積88.44平方メートルの土地についてしか所有権を移転することができないのに、右土地を含む公道に面した同市北区浪花町一四四番の一の公簿面積341.09平方メートルの土地(以下本件土地という。)について所有権の移転をするように偽り、現地説明の際には、本件土地に形状の極めて類似した近隣地を示すなどして、同人らをして本件土地全部について所有権の移転を受け得るものと誤信させ、よつて、同日右会社において、本件土地の売却代金名下に右倉本久一から現金二、〇〇〇万円<編注・本件控訴審判決では三、〇〇〇万円>及び小切手四通(額面合計三、五〇〇万円)の交付を受けて、これを騙取し

第二 小切手の割引名下に金員を騙取しようと企て、昭和五七年一二月二三日ころ、大阪府茨木市西駅前町六番三一号喫茶「きさらぎ」などにおいて、高間京一(当二六年)に対し、真実は有限会社天満工芸(代表取締役吉野隆純)が倒産し銀行取引停止処分を受け同会社の小切手が決済される見込がないのに、これを秘匿して同会社振出にかかる額面八〇万円の小切手一通を示し、「この小切手は取引先から代金としてもろうたんやけど一二月二七日には間違なく落ちるので五〇万円で割つてくれ。残る三〇万円はあんたの給料と礼金として取つておいてくれ。」などと虚構の事実を申し向け、右高間をして、小切手金の決済が確実になされるものと誤信させ、よつて同日午前一一時ころ、大阪府高槻市昭和台町二丁目二七番一〇号大阪商業信用組合総持寺支店において、同人から現金五〇万円の交付を受けて、これを騙取し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(犯意及び共謀の成立について)

弁護人は、被告人は判示第一の事実についていかなる時点においても詐欺の共謀をしておらず、犯意もないから無罪である旨主張し、被告人も公判廷においてこれにそう供述をしているので以下この点について判断する。

前掲各証拠によれば次の事実が認められる。すなわち、

① 被告人、久保浦重紀(以下久保浦という)及び樹嶋こと宮國治夫(以下樹嶋という)は、遅くとも昭和五六年一二月一三日(以下月日のみ示すがいずれも昭和五六年である)には、柴田二郎の売却する本件土地が登記簿上の面積は341.09平方メートル(一〇三坪一合八勺)であるが、実測面積は88.44平方メートル(二六坪余)しかなく、進入路も存しない袋地でかつ同地上には他人所有の建物が建られている土地であることを熟知していること、

② 被告人は金銭欲しさから樹嶋の進めていた本件土地の売買(転売)でぜひひと儲けしようと考えたが、これを確実なものにするため、久保浦を通じて右樹嶋に対し売止料を要求し、久保浦が一二月一三日樹嶋より受取つた金員(その額につき樹嶋は七〇万円、久保浦は五〇万円、被告人は四〇万円であるとそれぞれ異なる供述をしている)を折半して取得したこと、

③ 一二月一五日ころ、表面に出ることを嫌つた被告人は、同人の身代りとして、金銭に窮していた平澤敬三(以下平澤という)に対し、一〇〇万円の謝礼を支払う約束をして同人を大倉産商の社員に仕立て買受名義人になることを了承させたこと、

④ 樹嶋は、柴田から前示特殊事情(袋地)を了解している被告人の手を経るのでなければ(柴田は被告人のみに売却すること)更に引続く転売の話しが進められないことを知ると共に、一方被告人は、樹嶋には買う能力(資金)のないことを知悉していたので、同人が前示転売につき買主とどの程度話しを煮詰めているか把握できない限り柴田との取引を進められない状況にあつたところ、久保浦を通じ、遅くとも一二月一五日には、樹嶋が判示弁天商事に対し六、五〇〇万円で売却することを知るに至つたこと、

⑤ 被告人は、樹嶋が三七番の一の土地(以下三七の一の土地という)を見せ地(判示近隣地のこと)として売却するのでなければ、本件土地が右のような高価で売却できないこと及び樹嶋がいう隣接の浪花自動車が占有する土地や三七の一の土地など含めた約二〇〇坪に及ぶ買収や立退きの問題は、右土地の所有者、占有者らの売却、立退きの拒否的態度や樹嶋の資金無能力などからみて実現の可能性は殆んどない状態であつたことを知悉していたこと、

⑥ 被告人は、弁天商事から支払れる金員で穴埋めする予定で、一二月一六日ころ、本件土地の買受け資金として額面一、四〇〇万円の保証小切手一枚を従兄弟から借用して自から仕入資金を用意し、一二月一八日これを柴田に手交すと共にその現金化を少時待たせ、後記分配金中から現金四〇〇万円、額面一、〇〇〇万円の保証小切手を柴田に支払つて右一、四〇〇万円の保証小切手を取戻したこと、

⑦ 平澤は弁天商事から受取つた金五、五〇〇万円(現金二、〇〇〇万円、但し内六五万円は登記手続費用を司法書士に立替え支払つた弁天商事へ支払う。保証小切手は額面一、〇〇〇万円二通、同九〇〇万円、同六〇〇万円各一通合計三、五〇〇万円)を弁天商事の近くの喫茶店で待機していた被告人に手渡し、被告人は、このうち、二、九〇〇万円を樹嶋に、一〇〇万円を平澤に、一九〇万円を久保浦に、一、四〇〇万円を柴田への支払分に、残金八四五万円を被告人の取分として分配してそれぞれ取得させたこと、

⑧ 以上の事実のほか証人久保浦重紀の証言の信用性について、被告人は虚偽である旨供述するが、その証言内容を仔細に検討すると、被告人に不利益な供述もあるが利益な供述もあり、供述の流れは自然で無理や誇張も感ぜられないばかりでなく、その場にいた者でなければ発言できないような供述も随所に存すると感ずること、また他の関係各証拠と対照しても不自然不合理な点は見当らないことなどから、同証人の証言の証拠価値は高いといわなければならない。而して、同証言によれば、「樹嶋がすりかえて弁天商事に売却することを松田に常時報告していた。」「私も言えませんでした……中略……松田さんからも失敗せんといつてくれということを言われておつたこともあります。」「私と松田さんと平澤さんと三人で……中略……喫茶店に行つた……中略……そこで切り取つたコピー等を持つて、もう一ぺん見たりして、まあしつかり、間違いないようにやつてくれ、というようなことを松田さんからも言われました。」「喫茶店で松田さんが平澤さんにうまくいかんときは書類はとられんように帰つてきてくれと言つてました。」旨供述していること、

以上の諸事実を総合すれば、被告人に犯意及び共謀があつたことを認めるに十分であるといわなければならないが、被告人は公判廷で「ひよつとしたら隣りの土地を見せて売るんと違うか。」、「騙して売ろうと思つたら売れるかもわからん不安もあつた。」旨供述し、被告人の検察官に対する昭和五七年三月一七日付供述調書には「三、〇〇〇万円という代金の提示から考えて樹嶋が土地のすりかえを計画しているのではないかと思われた。」旨供述記載があるほか、久保浦の公判供述によれば「一二月一三日被告人は久保浦に対し、樹嶋の方は見せ地を使つて商売をする可能性があるから気をつけないかんぞ。」と注意された旨、更に被告人は捜査及び公判を通じ一貫して、平澤に対し「よけいな土地を見せたりするなよ、買手が現地に案内しろと言つても隣の空地を見せたらあかん。」などと注告していたこと、被告人と共犯者らとの間柄などを総合考慮すると、被告人に確定的詐欺の犯意及び被告人と共犯者らとの間に明示的共謀共同正犯の成立を認めるにはなお合理的な疑いがあり、未必的詐欺の犯意及び黙示的共謀の限度でこれを認めるのが相当である。弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)<省略>

(量刑の事情)

判示第一の犯行は、被告人ほか三名と共謀して、実測88.44平方メートルの袋地をその近隣所在の公道に面した341.81平方メートルの宅地であるかのように装つて売却し、その代金名下に現金二、〇〇〇万円及び小切手四通(額面合計三、五〇〇万円)を騙取した事犯であつて、その犯行の罪質、動機、態様、被害額、とりわけ本件が土地登記簿、公図が土地の現況をかならずしも正確に表示していないことを巧妙に利用した知能的で計画的な犯行であること、何よりも被告人が右袋地の買受けを思いとどまつておれば本件犯行は未然に防げた(被告人は本件に不可欠の存在であつた)にもかかわらず、かえつて、それを進めたばかりでなく、自己の身代りとして平澤敬三を仕立て、買受け資金一、四〇〇万円を準備するなど被告人は実行々為の重要な部分を担当し、代金名下に騙取した右現金、小切手を被告人ら四名に配分したうえ、自から八四五万円という多額の利得を取得していること、判示第二の犯行は右事件の公判審理中に犯したもので、犯情極めて悪質であること、被告人には同種前科が存することなどに照すと被告人の刑責は厳しく問われなければならない。しかしながら、他面、被告人の判示第一の犯意は前示のとおり末必的であり、共謀の点は黙示的であること、本件を計画し主宰した主犯は宮國治夫であり、その遂行が危ぶまれた昭和五六年一二月一七日、被告人は右宮國よりペナルティを要求されて成行き上やむなく本件犯行に加担した側面があること、騙取された小切手のうち二通(額面合計一、九〇〇万円)が共犯者の宮國から被害者に返戻されていること、判示第二につき全額被害弁償がなされていること、その他前示前科は約一〇年前のものであるほか、被告人の反省状況、家庭の事情など被告人のために酌むべき諸情状を十分斟酌し、共犯者との量刑の均衡をも考慮し主文のとおり量刑した。

よつて主文のとおり判決する。

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